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現在筆者は、いわゆる〃ウオーターフロント〃に、為替関係の友人のマンションを借りて住んでいる。
隅田川くりの、誠に風光明垢な、まさにニューョークのハドソン川沿いを思わせるたたずまいである。
銀座からは〃歩いて十分〃、いわゆるビジネスセンターにも〃ドア・ツー・ドア〃で三十分の、交通至便の土地である。
外国人金融マンやウーマン(らしき人々)もウロウロしている。
このような土地で、日本の金融不安が明白になった一九九七年後半、誠に対照的な出来事が起こったのである。
某中小不動産デベロッパーと、その名を聞けば誰でも分かる日本の大不動産デベロッパーがほとんど同時にマンションの販売を行なったのである。
中小デベロッパーの物件は、最寄りの地下鉄・有楽町線月島駅から歩いて三十秒(要は駅のすぐそば)で、2ーDKが中心。
価格は一千五百万円?三千五百万円。
かたや大デベロッパーの物件は、地下鉄の駅から歩いて十分(要は隅田川のそば)で3ーDK中心、価格は最低でも六千五百万円で最高は一億五千万円。
そしてテレビを中心に、時代の最先端を行くが如くの〃鳴り物入り〃の大宣伝も行なわれた。
結果は、大デベロッパーの物件はものの見事に即日完売。
最高倍率四十六倍。
そして、中小デベロッパーの物件は九七年末になっても、一件も売買が成立した気配は見えない。
確かに地上五十階から見る隅田川の情景は素晴らしかろう。
毎年盛大に行なわれる、日本の夏の代表的風物詩・隅田川の大花火大会も、自宅に居ながらにして堪能できる。
それにしても、である。
この極端な光景は一体何を意味しているのであろうか。
一九九七年の出版界におけるビジネス書の趨勢はビッグバン一色であった。
まさに「ビッグバンにあらずんば、ビジネス書にあらず」といった展開であった。
そして筆者も、出版時期としては完全に遅れを取ることにはなったものの、客観的に見ればその流れに乗じることになり、一九九七年六月に『円の逃亡』(総合法令出版)を出版した。
ただし、『円の逃亡』がそれまでのビッグバン関連書の論調と違ったのは、「日本版ビッグバンの超目玉は一九九八年四月から施行される改正外為法である」と主張したことであった。
それまでの関係各書は押し並べて取扱手数料がどうの、証券総合口座がどうのと、(筆者から見ればまったく笑止千万の)本流とかけ離れた枝葉末節にこだわった論調であった。
しかしその『円の逃亡』が出版されて以降、ビッグバン関係書は一斉に外為法改正に向かって我も我もと動き出した。
筆者は黙って苦笑いしているしかなかったが、出版界は現在も(多分)その流れのなかにいる。
日本の金融機関の存亡に関しても筆者は、改正外為法が施行される半年前の一九九七年十月後半あたりから〃自然淘汰の兆候〃が顕著になるとの大胆な予測をしていた。
しかしそのような論調での著作や講演会で意見の発表をすればするほど冷笑される場合が多かった。
確かに「予測は予測」であった。
そしてそれは、地方に行くほどその傾向は強かった一九九七年のお盆の暑い日、出版元の総合法令出版(株)の営業関係の方々の勧めもあって、郷里の主要書店を訪問した。
正直、無駄な汗を流したと訪問を悔やんだ。
なぜかと言えば、そのとき聞いた表面的な評価として「こういった金融関係の本は地方では売れない」とのことであった。
つまりは「日本版ビッグバンは〃地方には関係ない〃」といった論調であったからである。
しかしその論調が一変した。
その契機は筆者が(勝手に)〃暗黒の十一月(ブラックノベンバー)〃と命名した一九九七年十一月からの一連の金融不安であったのは、ご想像の通りである。
強固な自民党一党支配を背景として〃難攻不落〃を誇った、筆者の郷里をその本拠地とする〃日本有数の〃地方銀行に、株価暴落を機として、あろうことか(実実上の)取り付け騒ぎが起こってしまったのである。
実母のオロオロする〃緊急電話〃に、ここでもただ苦笑いをするしかなかったのである。
十一月日にS証券、十七日にHT銀行、一十四日にY証券。
そしてその後も徳陽C銀行の倒産や、かねてから不良債権が取り沙汰されていた地方銀行数行での事実上の取り付け騒ぎを、筆者は「暗黒の十一月(ブラックノベンバー)」と命名したが、その「暗黒の十一月」は次のような大きな教訓を残すことになった。
まず、「市場淘汰の時代が本格的に到来した」こと。
次に「正確な情報の重要性」、そして最後に「金融当局と金融機関の馴れ合いの粛正の必要性」である。
まさに日本の金融メカニズムを根幹から粛正する大革命が始まったのである。
革命には大量の流血をともなう。
日本はまだ〃大量の血〃を流してはいない。
つまり今回のブラックノベンバーは、単なる前哨戦と覚悟しなければならないということである。
このような一連の金融不安に対して「公的資金導入」論もしきりに取り沙汰されている。
しかし、日本政府当局がくり返し強調しているのは「預金者保護」であって、決して「金融機関保護」ではない。
しかもその資金は、とりあえず十兆円という〃限定版〃であしかし一部には「公的資金導入」で日本の金融機関がすべて〃セーフティーゾーン〃に入ったと誤解している向きがある。
それは一九九七年十一月下旬から十一月初旬にかけての金融株を中心にまったく〃不可解な〃株価上昇が続いたことでも窺える。
確かに一時の絶望的な状況から脱したが故の〃ハシャギ〃は多少認めるにしても限度を超えるものであった。
その根幹に自社株買いがあるのは明白であった。
店内で行列をつくっての預金解約が続いているかたわらで、支店長自ら大口顧客に対して「我が行は〃絶対に〃安全である」と、声高々にのたまったという〃末期的な喜劇〃が全国各地でくり広げられた。
確かに一介のサラリーマンとして自分の属する組織を信じ、忠誠を誓い、そして真面目に勤めあげることに関して文句をつける気などサラサラない。
いままでの高給を食んでの生活に対する執着も人間としてはあたり前である。
しかしその一見真面目に見えるスタンスが、「自分が勤めている間だけは大丈夫(でいて欲しいとといった、日和った、願望に近い考え方であるとしたら言語道断である。
真実は真実と認める時期である。
日本政府はいままでになく明確に、そして冷酷に〃新しい時代〃を宣言している。
それは九六年十一月に第二次橋本内閣が成立した途端、まったく突如として「日本版ビッグバン」なる金融改革を宣言したことから始まり、九七年十一月一十四日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)での橋本首相の「金融機関・自己責任発言」までの一年にわたる展開は、香港返還後の対中国を晩んだ米国の一連の対アジア戦略の一環として捉えれば誠に素直に納得がいく。
つまり米国資本主義は、米国再生のための最大の難関である「日本に米国債を売らせない」戦略として、D銀行ニューョーク支店で起こった一千億円を超える差損事件、そして一二千億円を超えるS商事銅先物差損事件を機に、依然として迩魅遡趣の日本の金融メカニズムを、根底的に米国流金融メカニズムに変換する必要があったのである。
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